2017.3.8

こないだ舞台に出演しました。

『イキルシス』という生きることは日々の繰り返しである、というような内容の舞台。

es produce という団体で音楽の方がメインの団体です。

音楽やら映像やらダンスやらいろんなごちゃまぜの舞台。

自分は犬の役で出演。

犬って大変です。

なんせ四つん這いですから。

でも途中から立つのですけどね…。

感想に自分のことも書かれていたので引用。

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こんにちは、昨日イキルシス体感してきました。ネットでのチケット予約の時に絵を添付させて頂いた吉野です。

舞台終了後から今、このメッセージを余韻に浸りながら書いています。表現を生業にする者同士、響きあえたらなと思って書いています。決して誉め殺しの内容ではないし、かなり長い文なので、よかったらお付き合い下さい。

まずesproduceと僕の出会いの掛け橋はユミコテラダンスさんです。僕のInstagramにユミコさんが何度か、いいねしてくれて、いいね!って履歴残るじゃないですか。ユミコテラダンスって面白い名前だなどんな人なのかなと思い彼女のページを見たんです。そうしたらアップしてる写真や動画がなんかしっくりきたんです。とても個人的で独自の空気を発信しているなって。そんな事を彼女にFacebookで伝えたら、とても誠意のある返事を頂いて、それから暫くして舞台のお誘いのメッセージが来たんです。それがイキルシスです。

フライヤーを送って頂いて、まずイキルシスと言う音に惹かれました。凄くオリジナルだし生きると死すという意味に初めは気づかなかったけれど、カタカナにする事で意味性を排除したところに凄くセンスを感じました。内容を読んでいくと生と死と言う人間にとって究極と言うかコアな部分を日常の断片をループさせ、ある死と言う出来事からの消失、そして再生をモチーフにしているんだなと自分なりに解釈し舞台に向かいました。

僕自身、絵画やポスター芸術を専門にしているんですが、時間表現や水のビジュアライズには凄くこっていて、特に時間は普通に能動的に流れる他、反転、歪み、凍結、言い換えればリンク、シンク、デジャヴしたりする訳でそんな時間軸が織り成す現象を舞台上でどう結晶させるかが最大の関心事でした。

一夜明けて、予想以上に抑制、機械化され展開された場面ひとつひとつが脳裏に焼き付いています。この劇は表現形態も意図も全く違うけど日本の伝統芸能の能に似て、削ぎ落とす事で見る人の創造性を喚起させるところがキモだったのではないでしょうか。機械的にループするシーンの中に微妙に変化する役者さんの動きや音楽との歪み、とても面白かったです。特に静的に反復される人物の中、犬役のフクベさんの動きの美しさは際立っていました。

全体的には少し物足りなさを感じました。あれっ、もう終わっちゃうの的な。みた後、元気になれなかったと言うか。解体新書を読んで初めて、あーこれは、こうゆう事だったのね、でも舞台だけじゃ分からないよってかんじでした。

ループがテーマであり、表現も限定される訳だけど、ストーリーには死と消失があり、子役が感情を乱し葛藤する場面がありました。ユミコテラダンスさんはダンサーとしての表現力がある方なのでキラリと光る動きを限定された中で抽出して見れたなと個人的には思いました。

僕は、自身のFacebookでも取り上げているんだけど、時間表現こそ芸術の一番の高度なモチーフであり魅力的なものだと思っています。そこに着外してひとつの劇に昇華させた功績は素晴らしいと思います。これからもesproduceのお仕事、注目応援しています。それでは。

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18時の回、お邪魔しました。
めっちゃ面白かったです!

わたしの感想は、
「犬と呼吸と眞田のりふみ」
です。

まず始まって驚いたのが犬。犬こぇえよ!動きがまず犬じゃないし。人間たちはBPM60の世界に縛られてるのに、犬だけそれにぴったり呼吸あわせてなめらかに動いてるし、よく見ると無精髭のイケメンだし、なんの変哲のもない一般家庭のふりをして、あんなに得体の知れないモノを飼育したりしてるからお母さん指輪外していなくなっちゃうし、お父さん死んじゃったりするんだよ!
と、思っていたら遂に犬が二本足で立って、ほら見ろ!犬がこれから世界を滅ぼすぞ!と身構えていたら、立ってからの動きもまたあまりにも流麗で見とれてしまい…….
気がついたらエンディングの映像でホロっと来てました。

犬役のフクベさんは振り付けも完全にご自分でなさったとのことで、本当に素晴らしかったです。

あと呼吸。
このお話はループがテーマだってことですけど、呼吸っていちばん身近なループですよね。
吸って吐いて一つの輪っか。生まれたときに始まって、死ぬまで連なっていくループ。意識がなくても呼吸はしてるし、意識化に置くことで無意識への扉を開く鍵にもなりうるループ。

「イキルシス」に出てくるループは、生と死とか時間とか、自分ではどうにもできない、大きな、外部にあるものですよね。

対して呼吸っていうのは自分の内部にあってある程度制御できるループの代表格だと思うんですよ。

古来、マクロコスモスとミクロコスモスは地続きでした。
踊ったり祈ったりしたら雨が降って、雨が降らなかったら力不足って言われたり。

どのループを自分の中のループとどうシンクロさせるのか、意図的に裏拍に入るのか、いきなり二本足で立つのか、いろんな手があるんだと思うんですが、わたしとしてはあらためて、大きいループに無拍子でそっと突きを入れる動作のために、深い呼吸と浅い呼吸をうまく使い分けてより脱力しなきゃ、と思い直した次第です。
(↑もう何を言っているのかわからない)

そして、父親役の眞田規史。彼を目当てに見に来たのですが、いつもながら期待に違わぬ名演でした。

なにしろセリフも喋れなければ、振り付けも厳密に決まっていて、なおかつ同じことの繰り返しのようでいても時間は確実に経過しているという、まさに我々の人生そのものを見せてくれる役者さんは稀有ですよ。

無限のループの中で、また眞田氏の舞台に触れられる機会が増えるように、わたしもわたしのループの中で犬みたいに滑り踊りたいなあと思いながらも、ガボガボ溺れもがこうと思います。

再演希望!!!
もう一回観たい!

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犬のことも書かれていて良くも悪くも爪痕残した感じですかね。





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